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【Soliloquy.Diary】

小説が趣味な青二才厨二病が送る“独り言日記”。 かまってもらえると喜びます。

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 例えば、という単語で始めるには随分と露骨な例えだけど、
創作者が、己の想像を超える、想像を絶する、つまりは自分ではない誰かの作品に、
圧倒的想像力と圧倒的技巧をもってして、感動“させられた”とき、
果たして抱くべき感情とはどのようなものだろうか。

 ストイックで真面目な創作者であろうとするならば、
そこにあるべきは純粋な尊敬と『自分だって』と思う挑戦的態度だろう。

それはわかっている。

そんなことはわかりきっている。


 しかしここにいるひねくれ者はそういった感情を抱けないのだ。
感動はする。尊敬だってする。しかしそれには、どうしても絶望が付きまとう。

 その感動と、その技巧の超越度に、才能に、嫉妬し、諦め、心を曲げてしまう。

 弱い、弱すぎる創作者。
 しかし折れない。絶望を受けた心は曲がるだけ。尚更性質が悪い。
 書けていたものさえ書けなくなって、それでもなお、創作者で居たくて仕方ない。
 
自らの想像に縋る亡者。
他者の創造を呑み込めない餓鬼。

 
 きっとこれは治らない。治るとすれば、創作者であろうとすることすら諦めたとき。
 しかし、できるのだろうか? 何度も折れ曲がったこの心で。
 今の自分は創作者とは呼べない。それを、もう一度胸を張って呼べるだろうか。

 今のままでは他人の才能に嫉妬して、腕も磨ききらずに投げ出した、
ただの屑がここに残るだけだ。



――――いつか、やってやる。舞い戻ってやる。いつになるかはわからない。
 それで飯を食おうって訳じゃない。
 創作家じゃなくていい、創作者で居たい。
 うだつが上がらなくてもいい、面白くなくてもいい、
自らの空想を幻想を、恥ずかしがりながらも語れるような、創作者に、いつか――
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Posted on 2013/04/09 Tue. 02:44 [edit]

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09

コメント

 

伊丹先生の次回作にご期待ください

URL |  #- | 2013/04/11 22:48 | edit

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 |  # | 2013/10/10 15:43 | edit

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